1

「好きよ」の声に外息と内息がある

人間の社会には本音と建前がある。人は言葉で意志を伝達するから、会話は言語によって成立すると思 われがちだ。しかし実際には言語的要素もさることなが ら、非言語部分のコミュニケーションの要素の方がむし ろ大きいと言っていいだろう。

そして言葉は建前を表現
本音はその言葉を発した息に表れる。言葉という建前と息、すなわち声という本音と言葉が一致がしていれば素直な表現であるし、 建前と本音とが別々の時には、色々な問題が生じる。

例えば「ありがとうご ざいます」と言ったとし よう。立て前は感謝の意であるから、本当に感謝していれば息は暖かくなる。 すなわち暖息でこの言葉が発せられたら、本人は 心から有り難く思っているのだ。 ところがこの言葉が冷たい息で言われたとしよう。 すると本音としては相手を拒否しているのだから、建 前でお礼を言っても本心はちっとも感謝していない。

よくある例だが、お店を入る時などに「いらっしゃいませ」と丁寧にあいさつでされる。暖息で言われると客としては嬉しく感じるが、冷息だと、なんだ歓迎され ていないな、と直感して嫌な感じになる。いんぎん無礼とは、言葉遣いは丁寧だが声が冷たいことを言うのである。

接客マナーを徹底させようとして、「ハイ、かしこまりました」とか「まことに申し訳ございません」とか朝礼などで大声で練習いる会社をよく見かけるが、本音の息に留意しないと言葉だけがツルツルと出て、 声は誠意のない単なる掛け声となりがちだ。

そんな声で、実際に客とのやり取りで店員はマニュアル通りに行っているの に「態度が悪い」と客に納得してもらえない。本音の息は無意識のうちに相手に伝 わるから、トラブルの原因は声の冷たさにある。
正に本音の息によってその本意を判断しなければならない。こういう作業を我々は 無意識の中で何となく行っているが、息の見方をマスターすれば相手の本心をさら によく理解することができる。

「あなたが好きよ!」と告白されたとしよう。この場合は本音の息が外息 であるか内息であるのかを注意しなければいけない。外息とは前回述べたように、声が「オーイ」と外へ向かって出ていく時の呼吸の 仕方であり、内息とは自分に向かって「オイ」と呼びかける時の息のあり方である。 内息の場合はミゾオチを中心に呼吸筋が縮むから、逆にミゾオチを指で押さえて、 その位置に息が集まるように発声すれば内息となる。そして「好き!」という声が外息であれば、ほんの軽い好意の表明であるし、内 息で告白されれば、深く心に感じて言っているのであるから、愛が芽生えているの′である。

「好き!」という言葉はもちろん暖息であること が前提であって、その内息が熱ければ熱いほど愛す る気持ちは深い。もしもこの言葉が冷息で発せられたら、「あなたのこと大嫌い!」という憎しみ の表現である、と悟らなければならない。

もう一例述べよう。妙に声が高い調子でペラペラ しゃべる場面に出会ったら、それは本当のことを必死になって押さえ込もうとする息である。心の奥に
湧き起こる感情が本音なのであるが、それを隠そう とすると、息を押し殺すのにエネルギーが要る。そのエネルギーが声を高くするの である。

猫なで声もその典型である。本当は別の強 い欲求があるのに、それを覚られないように 相手のご機嫌をとる時の声である。上品ぶった女性達の会話が妙に高くなるのは、その辺の事情もあるのだ。