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慌てると「息がアガル」

人間、慌てるとロクなことはない。火事や地震で飛び出たものの、肝心な物は持ち出せなくて、どうでもいいような物ばかり手にしていた、という話はよく耳にする。慌てるとどうして冷静な判断が出来なくなるのか。実は息が問題なのである。

私たちは突然、予期せぬ出来事に出くわすと、みぞおち(鳩尾)がキュッと縮んで一瞬息が止まる。一旦固くなった鳩尾は、 すぐには緩んでくれないから胸だけで呼吸することになる。 しかも驚きの感情は交感神経を刺激するから息も早くなる。この呼吸が慌てた行動を起こさせるのである。

慌てた息は考えるより先に体を動かせてしまうのだ。別の表現をすれば「息がアガル」という状態だ。

「水がめと子供」の話をご存知の人も多いと思うが、中国の昔話である。ある時、子供たちが身の丈よりずっと 「大きい水がめの上に登って遊んでいた。すると一人の子供が誤って中に落ちてしまった。 かめの中は水がいっぱいである。

溺れてしまった子供を、まわりの子供たちは、どうしよう、どうしようと大騒ぎしているだけで、誰も助けることができない。その時、一人の子供が大きな石をぶつけてかめを割り、水を抜いて救い出した、という話である。

これは咄嗟の時の気転を教えているのであるが、実はこの少年の息は下りているのだ。まわりの子供たちは息が上がっているので、救う方法が考えられない。つまり冷静に判断するに は、息を下ろすことが不可欠の条件なのである。

映画「007」のジェームス・ボンドは身の危険が目前に迫っていても、美女とキス などしている。現実にはこんなシーンはあり得ないだろうが、この悠然とした態度が カッコいいし、魅力がある。私の娘は映画にのめり込む方だから、「こんな時にキスな んかするな!」とやきもきしている。

この娘がまだ三才の時であった。音楽会に連れて行ったのだが、途中で声を上げ
ては困るので、私は会場の一番後ろのドアに立って聴いていた。娘は壁にもたれて右へ 行ったり左へ行ったりして遊んでいたが、急に泣きだした。

見ると半開きになったドアの、回転軸が固定されている側と壁の間に手をはさまれている。遊んでいるうちにツルッと手が入ってしまったらしい。防音用のアルミサッシの大きな扉である。ドアを閉じれば娘の指はちぎれてしまう。
まわりにいた人が気付いて、突嗟にドアを動かないように持ってくれた。私は娘の手を引っ張ったがなかなか抜けない。手のひらにアルミサッシの緑が食い込んでいて、泣き叫ぶばかりだ。騒ぎを聞きつけて管理人がやって来た。

どうしても抜けないので、救急隊を呼んでドアをはずしてもらおう、と彼は提案した。この時、私は大きくひとつ、息を吐いたのを覚えている。そのとたんに冷静になった。

手は入ったのだから抜けないはずはない。柔らかく、リラックスした手だったから入ったのだ。それが今、びっくりして固くなっている。だから抜けないのだと判断した。

私はしゃがんで娘の背中を包み込むようにしてさすってやった。そして手首をそっと持って、「力を抜 いて手を柔らかくしてごらん」と耳元で囁いた。する と、手はそろりそろりと抜け始めた。抜いてみると手 のひらには紫色の太い線がくっきりと残っていたが、 大事には至らなかった。

緊急時には、まず、息を落とすことが大切である。 「落ち着いて行動しましょう」と日頃どんなに口を酸っぱく言ってみても、イザという時、息が下りなけ れば落ち着くことは出来ないのである。

息を下ろすと更にいいことがある。冷静な判断ができる、ということはもちろん、実は、体の反応も違うのである。例えばヤケドをしたような時も、その瞬間に、まずひとつ息を落とすことを心掛ける。それから落ち着いて 水で冷やす。そうすれば治りはずっと早くなる。