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自然と対話し生きる(ボディートークの原理)

ドジョウとりでリラックスの中の集中力

このシリーズは今回で最終を迎える。そこでボディートークの感覚がどのようにして生まれたのか、その一端をお話して締めくくりにしようと思う。
私は四十一歳の時、十五年間動めた教職を辞し、ボディートー クの講演や講習を行うようになった。

「先生を辞める時は大変な 決心がいったでしょうね」と、よく人に尋ねられるが、私や妻にとってはボディートークへの道は当然というか、必然というか、 まるで定められた運命であるかのように感じていたから、特に気負いや一大決心があった訳ではない。

だいたいボディートークそのものが、意図して考案されたものではない。音楽教室に暗い表情で入って来る高校生が、一時間の授業の中でどうすれば明るくなることができるか。

また授業が終われば友と肩を組 み、歌を口ずさみ、口笛を吹き、或いは深い満足で微笑みながら帰っていくようになるにはどんな内容を準備すればいいか。 毎日毎日が、その試行錯誤の連続であったし、その授業の積み重ねがボディートークの原理へと導いてくれたように思う。

その意味でボディートークを創案し命名した私自身が、よくぞこんな体系が現れたものだと他人事のように感心しているのである。ただ思い起こしてみれば、ボディートークの基本的な感覚はすでに幼少の頃より培われていたように思う。

そのうちの一つは「ドジョウ獲り」である。
小学五年生の時に、私の父は京都の北山の麓に小さな家を懲てた。田園の真ん中にポツン一軒あるきりで、夏の夜ともなるとカブト虫や蛍が飛んでくる、のどかな所であった。

家の前に小川が流 れていて、農薬を使っていない時代であったから、メダカやドジョウなどがたくさん泳いでいた。それで引っ越ししたその日から私はドジョウ獲りに夢中になった。

ドジョウを素手で捕らえるのは結構むずかしい。まず、水の中の石を丁寧にそぉっと持ち上げる。 するとドジョウがじっと潜んでいるのに出くわす。石を脇へ除けて、両手でドジョウをジワジワと 囲み、包みこむようにして捕らえるのである。
この、両手で囲む時にコツが要る。水の流れを妨げないようにするのである。ということは、流れの隙間に手を差し入れるイメージである。そしてドジョウの横たわっている砂ごと両手ですくうの である。

一匹捕らえるのに随分時間がかかるが、息を詰めないで深く静かに呼吸し、全身を柔らかくして集中する、いわゆる「リラックスの中の集中力」はドジョウとりで得られたのではないだろうか。

川上へ向かって小川の全ての石をめくり、バケツの中にドジョウが一杯になる頃には日も暮れかけ ている。そこで捕らえたドジョウをまた全て川へ放して、翌日再び捕らえる。そんな日をくり返し ていたようだ。

もう一つ「ガンドウ挽き」の思い出がある。ガンドウとはノコギリの大型のものであるが、私は 中学生の頃、冬になるとストーブ用の薪を半分に切るのが日課であった。

胸ぐらいの高さの台に一本の薪を置き、太い針金で固定する。針金の先端にはミシンの足踏板のようものが付いていて、要するにその板を左足で押さえながらガンドウを挽くのである。

薪は二十本ほど一組にして、ワラでくくってある。それをほどいて一本づつ台に乗せ、針金で固定して切るのであるから、手間隙がかかる。ある時フト思いついて、一束まるごと台に乗せ、縄を解かずに切ってみた。

ガンドウの歯はかなり大きいから肩に力を入れて引けばたちまち薪が動いてしまう。すると刃が木と木に挟まれて身動きがとれなくなるから、一回でも失敗はできない。初めはガンドウの重みだけでちょっちょっと挽いていって、切れ目が深くなるほどに大胆に挽いていく。

この時に得た感覚が「足裏にフーッと息を落とす」ということ ー下丹田を通り越して「大地へ息が抜ける」ということ ー 即ちボディートークの深呼吸であった。そして一部分の筋肉に力を入れるのではなく、「ひとつの物事に全身が関わること」更に、薪にその都度聞きながらガンドウを挽くこと 。

即ち「自然と対話しながら生きる」ことを養ったように思う。