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心身一如の 体ほぐし

「ふれあい」という言葉はいつ頃、誰が言いだしたのでしょう。 人と人とのお付き合いが、お互いの体に触れ合うことから始まるのだと指摘して、言い得て妙、の表現です。現代の私たちは体を触れ合わないで話をするだけでも「ふれあい」と言っていますが、 この言葉を生み出した当時は、何らかの身体的接触をもって初めて心と心が通じ合うと考えていたのではないでしょうか。

生物学的に人間は接触動物ですから体に触れることの重要性は 精神面にも大いに関係しています。例えば抱かれることの少ない赤ちゃんが、情緒不安定になりがちであることはよく知られています。また心におびえがあったり、不安感の強い子供はしっ かりと抱きしめる必要があります。

しかし抱く側にとっても身体接触は大きな意味があるのです。母親は赤ちゃんを抱きしめ ることで深い満足感と幸福感に浸ることができます。若いお父さんにとっては赤ちゃんをお風呂に入れる時が肌と肌を直接触 れ合うことのできる絶好のチャンスでしょうね。

赤ちゃんを抱 くことで我が子の実感を得、子供との身体レベルでの絆が結ばれるのです。また老人が赤ちゃんを抱きたがるのもわけがあります。老人にとって赤ちゃんの柔らかく弾む生命を、肌でじかに感じることが、自らの体を蘇らせ心を癒すことになるからです。

会社の人間関係でも、身体接触は大事だということで、かつて「ニコポン運動」とかが提唱されたことがあります。上司は部下に対して積極的に「ニコッ」と笑いかけて「ポン」と肩をたたこうという主旨です。今は「セクハラ」が大きく取り上げられる時代になりましたから、男性の上司が女性の部下の身体に手で触れるだけで問題になりかねません。だから「ニコポン」なんて影も形もあり ません。

しかし「ニコポン」も「セクハラ」も身体接触について大切な意味を教えてくれます。即ち、コ ミュニケーションを深めるには「触れる」ことは基本だけれど「意味のない独れ方」は良くないということです。触れるのだったら相手の心や体がほぐれる「意味のある身体接触」でないといけな いのです。

人間関係に不可欠の「意味のある身体接触」を私は「キー・タッチ(KeyTouch)」と呼んでい ます。相手の固くなった心や体を開く健(Key ) となるタッチの方法だからです。
キー・タッチは柔らかい触り方です。例えばバレーボールを軽く放り上げて受けとめてみてくだ さい。音がするようだと固いタッチです。ボールが落下してくるところへ手をのばし、自らの手もボールと共に手を下ろしながらてのひらにスッポリ納まるように受け止めると何の音もしません。

赤ちゃんを高く差し上げて、ちょっと放り上げてやると、とても喜びますが、この時の抱きとめ方と同じです。ソフトなタッチだと赤ちゃんは安心の中で快い緊張を味わうことができるのです。 これを固くぎこちなく行うと、赤ちゃんは恐怖の緊張を感じるので、無意識の中で神経の過緊張が 生じ、やがて高所恐怖症になったり、運動の苦手な子供になったりするのです。

赤ちゃんが安心して快いソフトなタッチ。犬や猫の背中を揺すってやった時、トロッとしていつまでも触らせるような柔らかさが大事です。
またキー・タッチは温かい手のひらで行います。上達するほどに手は温かくなるのです。

極端に冷え性だった一人の女性が、ボディートークを始めてシモヤ ケにもならず冷え性で悩むこともなくなったのですが、普段 はまだヒンヤリした手をしています。ところが彼女がキー・ タッチで「背中ほぐし」を始めると数分で手のひらがポカポ カしてきます。

気功師の手のひらの温度が上がる実験を、時々テレビで見かけますが、あれと同じです。手のひらからは、遠赤外線や生体は気が出ていると言われていますが、それらの力がキー・タッチを行うことで強く働き 始めるのです。だからキー・タッチは行う側の体を活性化するためにも学ぶ価値があるのです。

肩甲骨ゆすり
ウケチはうつ伏せに寝ます。その背中にシテはまたがります。この時、ウケテの背中に座り込まないように。 そのために、シテはどちらか一方の足を立て、片膝は床に着け、そして各々の肩甲骨に手を乗せ、水平に交互に揺すります。

揺れている間、ウケテは「アー」と軽く発声します。 もともと息を詰めている人は声が途切れ途切れになるでしょう。その声が「肩甲骨ゆすり」を続けるうちにつながり始めます。つながれば気管支がほぐれてきた証拠です。




心身一如の 体ほぐし

横浜へ月に一度、日曜日に子供ミュージカルの指導に出掛けます。会場は小学校の体育館です。昼過ぎには多勢の子供たちが所狭しとボール遊びに夢中です。午前の練習を終えて、お弁当もそこそこに走りまわっているのです。

「さあ、集合始めるよーっ」私が一声掛けると子供 たちは跳びはねながら集まってきます。ミュージカルの練習が楽しくて仕方ないのです。ところが体育館の片端で休憩していた大人のリーダーたちの腰が重い。こちらへ来ようとする意思はあるものの体の方が動こうとしていません。

それもそのはず、もともと一週間の仕事疲れが蓄積している上に、朝九時過ぎから会場準備をし、そのあと二時間たっぷり子供たちと共に歌や踊りに精を出したのですから、二十代・三十代の彼らにも結構きつい。

そこで午後の練習は「体ほぐし」から始めます。マッ トを敷きつめて寝ころべるようにし、大人も子供も一緒になって二人で一組をつくりま す。一方の人が手を枕にしてうつ伏せに寝ます。他方の人が脇に座って両手を寝ている人の背骨に当てます。柔らかく連続して背骨を揺するのですが、「アー」と軽く、小さく声を出します。

背骨には自律神経が通っています。自律神経とは御存知のように、意志に関係なく反応し、肺や心臓、胃や腸などを働かせる大切な神経です。その生命活動を維持する自律神経が、背骨を固めていてはスッキリ作用してくれません。

背骨の可動性はその周辺の筋肉と関係があります。即ち周りの筋肉を硬くすると背骨が動かなくなるのです。周りの筋肉の固さは運動疲労によることもありますが、主として心の働きに起因します。

ボディートークで申しています「借金のしこり=頚椎7番」
「肩の荷の重さ=胸椎1・2番」「失恋のしこり=胸椎3番」「気遣いのしこり=胸椎 5・6・7番」「怒りのしこり=胸椎8番」「後悔のしこり~胸椎9番」等々です。

背骨と、その周辺の筋肉を揺すっていますと、背骨に可動性が出てきます。そうすると、たちまち元気が蘇ってきて「さあ、やろう!」という気持ちになるから不思議です。その意味で「体ほぐし」は体の固さをとることによって心を解放する「心身一如の体ほぐし」なのです。

疲れ切っていた大人のリーダー達も、ほんの十分間ほどの「心身一如の体ほぐし」で、 すっかり元気を取り戻し、午後の練習を楽しむことが出来るのです。そしてその夜はグッスリ眠って、翌日からの仕事への活力を得るのだそうです。

「心身一如の体ほぐし」をどのように考案し、ボディートークでいつ始めたのか、私の記憶も定かではありません。確実に言えることは、十年前に協会が発足した頃はまだその方法はなかったということです。そして誰に教わったというものではなく、個人 レッスンの中で必然的に生まれてきたということです。

今では「心身一如の体ほぐし」はボディートークの四分野(自然体法・人間関係法・自由表現法・発声呼吸法 )に加えてボディーメッセー ジやボーカル・ダンスと並ぶ、大変重要なプログラムです。今回よりシリーズで、その原理と方法、効用に ついて述べようと思います。

1.背中ほぐし で元気回復

アルプスの風、背骨の並びをアルプス山脈と見立てます。そのアルプスの麓から風が吹き抜けます。山の頂きへ、そして頂きからあちらの麓へです。風は再びあちらからこちらへと戻ってきます。 風を起こすのは手の平です。手の平の付け根を背骨の脇へ、ソッと降ろします。

両手を相手の背骨にあずけるように 乗せますと、乗せられた人は、手の重みは感じるのに、押さえつけられた不快感はありません。 手の平の付け根が背骨を越えて行ったり来たりすることによって、背骨の周りの筋肉がほぐれ、 背骨のひとつひとつが緩んで可動性が出てきま す。この方法が「アルプスの風」です。




人生五十年は古代中国の名残り

「初老」という語を辞書で引いたことはありますか? 開いてみてショックを受けること間違いなし。どの辞書にも「初老とは老人の始まりで四十才のこと」と記されているから。

四十才が老人とは何たることか・・・。しかし憤慨するには当たらない。これは人生が五十年と考えられてい た古代中国の名残なのだ。
古代中国では人生の各々の時期を四季に例えていた。 即ち春に始まって冬に終わると考え、各々に人生の色合いもイメージして味わい深い表現を創出した。

それでは、若々しく希望に満ちた人生の春は一体、何色か?講演会場で尋ねてみると、圧倒的にピンクという答えが返ってくる。この色は主に女の子の服や持ち物に配される色で、大切にされ可愛がられるイメージだから、現代の 若者はそれだけ苦労もなく幸せだということであろう。

古代中国では若者を未熱と考え、青の色に冠した。即ち「青春」である。
次に夏は何色か? 心身共に充実し、最も活動的な時期である。会場で問うと赤という答えが返ってくる。生命が燃えるイメージは昔も今も同じで、古代中国でも夏は赤と考えた。ただし赤色の顔料が朱であった関係で「朱夏」と称した。

秋の色は少し難しいかもしれない。現代の人は枯れ葉をイメージして黄色と答え ることが多いが、古代中国では白である。「白秋」と言うと、日本人ならすぐに詩人、北原白秋を思い浮かべるだろう。彼は若い頃より、人生をしみじみと振り返り始める時期、白秋という名をもって詩作にふけったのだ。

冬はやはり暗いイメージである。灰色や黒色と考える人がほとんどだが、古代中 国では黒の中でも真っ黒、すなわち「玄冬」である。幽玄とか玄妙などからもわかるように奥深く、とらえ所のないニュアンスがある。

「玄冬」は人生の酸いも甘いも噛み分けた時期で、玄人という語も人生の達人の
意である。玄以外は未だ色とは言えないという思いもあって、素人とは生きることに未だ色も付いていない人という意味である。

さて、人生を五十年と考えた時代では、四季は各々何才に該当するのであろうか。 生まれてから十才までは人生の準備期であって四季には入っていない。そして青春 が十代、朱夏が二十代、白秋が三十代。初老が四十才で従って玄冬は四十代となる。 やがて五十才に達すればあの世からお迎えが来て当然の年齢だったのである。

今、日本は世界の先端を行く長寿国となった。そのこと自体は大変喜ばしいこと であるが、反面、高齢化社会がますます深刻な問題となっていることも事実である。

この問題を解決するには、高齢者が元気に生活を送り、病死ではなく自然死を迎える、 いうことに尽きるのではないだろうか。
どうすれば自然死を迎えられるかについては別の機会に譲ることにして、生物学 的には人間は百二十才まで生きる可能性を持っているようだ。

現代日本は人生八十年というところまで来ているから、今後どこまで延びるか楽しみだが、ボディートークの自然体健康法 「人生百年 を身につけている人については、私は既に人生は百年と考えている。

人生百年となると、四季はどのように配分される か? まず人生の準備期は二十才まで延びる。大人になるまでにそれだけ長い年月が必要になるという ことだ。現に、今の大学生達は自分のことを大人と考えているだろうか? 親掛かりの点からも生活態度の点からも未だ子供時代に甘んじているようだ。

かくして青春は二十代、三十代。朱夏が四十代・五十代。余裕の世代の白秋が、六十代、七十代。そしてやっと初老を迎える。八十才である。

ボディートークでは八十をもって老人と考 える。そして八十代・九十代の玄冬も元気に 楽しく過ごそうと秘策を練っている。




子供の心に焦点を当て真正面から共感する 2

ガス漏れの原因を突き止める

家庭内の暴力はまず親から
水中で息を止めて潜っている苦しさは誰しも経験があるだろう。その息苦しさも自分の意志で潜るのであれば恐怖感がないのだが、友人に頭を押さえつけられて沈められたりすると、遊びだとわかってはいても、真剣にもがいてし まう。

また、子供の頃に悪ふざけでふとん蒸しなどをして遊んだが、された方は息が出来なくなるという恐怖感から思わぬバカ力で暴れ回ったものだ。
人は息が詰まって呼吸が出来なくなる瞬間、理性では、 おうよそ考えられないような行動に出てしまう。

自殺の場合もそうである。私は十二階建 てのマンションに暮らして いるが、この屋上から時たま飛び降り自殺がある。夜中に遠方からフラフラとやって来て屋上に登るらしい。自殺する人は死に場所を求めてウロウロすると言われているが、むしろ死ぬ瞬間を求めているのではないか?
息が極度に詰まった瞬間だからこそ思い切って飛ぶことができるのではないか? 私は時々屋上から下をのぞいてみてそう思う。息に余裕があれば見下ろすのも恐ろしくて、到底飛び降りる勇気など出て来ない。

家庭内暴力はこの息苦しさから起こる。暴れる子供は肩甲骨と肩甲骨の間が詰まっています。 肩身の部位を極端に詰めている。自分が受け入れてもらえない不満や切なさが積もりに積もって、体の内からギュッと肩身を狭めているのだ。肩身は呼吸器官の場所だから、 ここを詰めると息は重く苦しくなる。

家庭内暴力は暴力行為そのものを押さえようとしても解決はしない。ガス漏れに例えて言えば、暴力行為はガス漏れ監報器である。ガスが漏れているから鳴っているのであ る。それをうるさいからと止めてしまっては肝心のガス漏れを防ぐことはできない。

むしろ警報器は鳴るがままにしてガス漏れの原因を突き止めることが第一である。ガスが出なくなって初めて警報器も鳴らなくなるのであって、即ち警報器は原因究明の道案内なのである。「ピーピー」音は決して騒音でもなく敵でもない。

このように考えれば、暴力行為は家庭内に或いは親子間に重大な問題があるぞという警報である。初めの警報は小っちゃなものである。本当はその時点で親は子供に心を開き、まともに向かい合わなければならない。親の主張は一旦差し控えて、先ず子供の言い分を徹底的に理解しようと努めなければならない。

前回より述べているA青年の場合は、親は警報器を止めることに躍起になってしまって、ガス漏れを放置してしまったのだ。日々ガス漏れは大きくなるので警報器は更にうるさく鳴り続ける。一年間もエスカレートし続けた場げ句、思い余って警報器を壊してしまったという結末である。

この悲劇的な、善良な両親には非常に酷であるが敢えて言おう。息子の暴力行為の原因は親にあるのだ。そして問題解決の糸口は圧倒的に親の側にある。 子供の非行問題で相談に来られる方があるが、親は非行のみに心を奪われ ていることが多い。

「まず親がボディートークに通いなさい」と言うと、「いえ、悪いのは子供ですから、子供を来させます」と答える。親 が変わらなければ子供は変わらないのに・・・。

従ってA青年の場合には、ボディートークではまず 母親の「背中ほぐし」から始める。肩身をほぐし、息の道をつけると、母親は息子を受け入れる余裕が出て くる。母親の息が和らげば、息子の息も少しづつほぐ れる。

母親の息が変わるだけで息子の暴力行為は少しづつ小さくなると思うが、次に父親の「背中ほぐし」に入 る。原因は父親の頑固さにあるので「ガンコほぐし」には少し時間がかかるだろう。

父親の心や体がほぐれ、息子の話も聞いてやろうという姿勢が出てくれば、家庭内暴力は収まる。その頃には親子でボディートークに 通いながら、体ぐるみのコミュニケーションが出来るようになっているだろう。

こうして息をほぐして緊急事態を切り抜けた ところで、いよいよ親子の話し合いによる、本当の問題解決が始まる。




子供の心に焦点を当て、真正面から共感する1

家庭内暴力は何故生まれるのか。 更に親子の対立が何故殺人事件にまで発展したのか。引き続き、この問題をボディートークの見地から解明しようと思う。

殺された息子は二十三才になるA青年である。大学は一年だけ通い、後はアルバイト生活に四年が経過していたようだ。殺害さ れる一年ほど前から家庭内で暴れ出したということだが、A青年が狂暴な性格であった訳ではない。むしろ友人間では誰からも愛される気さくな人柄であったようだ。

その彼がどうして冷蔵庫を ひっくり返すようになったの か。それは彼の両親に対する 悲痛な叫びの表現である、と私は考える。自分の生き方を認めてくれない父と母に対して、話し合いでは埒があかないもどかしさが積もり積もった上での最後の手段なのである。その 証拠に彼は社会に対して暴力的なのではない。ただ父と母だけを困らせる方法をとっているのだ。

A 青年はプロのミュージシャンになることを夢みていた。しかし両親は、彼が四年制の大学を卒業することを最良の道と考えていた。

双方は互いの言い分を認めないままに日々を過ごしていたいの だろう。そうすると「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の例えのように、両親にとって息子の生活態度その全てが気に入らなくなる。きっと母親は息子のすること為すことことごとく気に障り、 言わなくてもいい些細なことにまで文句をつけていたのではないか。あるいは文句を言わないまで も、気に入らないという重い息をあらわにしていたのではないか。

実はここに大きな擦れ違いがある。A青年は体は大人であっても精神的にはまだ子供であった。 親の元を飛び出す自立心はまだ育っていない。自立していない子供にとって、親が自分を認めてく れるという絶対的承認は欠かすことのできないものである。彼の場合はこれが得られなかった。

親の絶対的承認ということは言葉を変えて言えば、親が子供の心に焦点を当て真正面から共感するということである。前回述べたデパートの自動ドアで言えば、子供のビックリの息に親が気付き、その息をまず共有するということである。

従って、A青年がミュージシャンになるということを親が認めるという以前の問題なのである。つまり親の側に「なるほど、お前の主張する生き方も一理あるね」という共感がまず必要であったのだ。その上で反対すればよかったのだ。

前回の自転車の母子で言えば、子供が「降りたい」と 言った時、母としては「どうして?」と尋ねる心の余裕がまず大事であったのだ。
かくしてA青年と両親との心の擦れ違いはますます大きくなる。彼にとっては親に文句を言われる毎に、自分が承認されないという切なさが積もり肩身を狭くして息を詰め始める。

ちょっとし た日常的な小言にでも感情がウッセキし、息が極度に詰まった時、彼は止むに止まれず家具を壊す。ところが両親は彼の心に直面しないで家庭内暴力という、この現象の方に動転してしまっていたのだ。 幼ければせいぜい駄々をこねる程度で済むのだが、スポーツマンのA青年が暴れれば、それは想像に余りある。

しかし本質は、親にこっちを向いてほしいという子供のアッピールなのだ。
「目には目を、歯には歯を」という対等の被害であれば親も納得しただろうが、「いつまで寝てるの? 早く起きなさいよ」と言ったとたんに電話が飛び、冷蔵庫がひっくり返るようだと、母親は異常な恐怖感を覚えて、息子をどう扱えばいいのかわからなくなるのは当然である。

言い知れぬ恐怖が一年間も続いたからこそ、 母親はモデルガンの柄で息子を何度も殴打したのだ。

また教育者としての実績もあり評判の高い父親は、ひとしお肩身を狭め極度に息を詰めていただろう。だから、暴れまわる息子を前に思わず包丁を振ってしまったのだ。余裕があれば善良な人間は人を殺すことなど出来ないし、愛 する息子であれば尚更である。

このような不幸な事件を未然に防ぐにはどうすればいいか。次回はボディートークによるカウン セリングの方法を述べよう。




子供の心に焦点を当てて感情を共有

驚いた子
デパートの出口で見かけた母子の一シーンである。両手に買い物袋を下げた母親が自動ドアの外へ出た。後から四 才位の子供が母親を追いかけて走って行ったのだが、その子供の目の前でドアが閉じてしまった。子供はビックリして立ちすくんだ。そして大声で泣きだした。

声に気付いた母親はすぐに戻ってきたが、「何をグズグズしているの早く来なさい!」と促すものの、子供はガンとして動こうとしない。私は、どうするかな、と思って見ていた。すると母親は荷物を持った手に更に子供の手を掴んで、強引 に引きずっていった。もち ろん子供は泣き叫んだまま、 両足を踏ん張ったままで ある。

こんな場合、母親は子供 にどのように接すればいいのか。まず、子供の息を収め てやることが必要である。ビックリした子供の息は固くなっていて、足はすくんでいるのである。この息を変えない限り、子供は次の行動に移れない。

そこで母親として は、一先ずしゃがんで子供と顔をつき合わせて、「ビックリしたねえ。急にドアが閉まるんだもんねえ」と子供の心に焦点を当て、感情を共有する。そして子供の息が緩んだところで、「さあ、行こう」と立ち上がればいいのである。

もうひとつ、街角で見かけた母子の一コマである。一人の母親が自転車の後ろの荷台 に小さな男の子を乗せて走ってきた。男の子は両手にメンコを持って数えていたが、そのうちの一枚をポトリと落としてしまった。すぐさま子供は母親に「降りたい」と言っ た。「降りなくてよろしい!」と母親はペダルを踏みながら言いかえした。「降ろしてくれえ!」と子供は母親の背中をたたいた。母親は無視して走り続けた。子供の叫び声が遠ざかっていって、呼びとめる間もない一瞬の出来事であった。

その子は母親を恨むだろうな、と私は思う。「降ろしてくれと言ったのに、どうして、 自転車を止めてくれなかったのだ。あのメンコは大事にしてたのに・・・」というのが 子供の言い分。母親は多分、こう返答するだろう。「どうしてメンコが落ちたって言わないの。そうすれば止まったのに。アンタがちゃんと言わないからよ!」と。

子供は客観的に事情を伝える術を知らなかったのだ。しかし、自分の思いだけはしっかりと母親に伝えた。それに対して母親は子供の真剣な声を察知できなかった。またはしようとしなかった。例え察知できないとしても、「どうしたの?」と尋ねかえす、ほ んのちょっとした余裕があれば、と思う。この一言さえあれば子供は「メンコを落とした」と言うだろう。

この二例の母子のやりとりは、日常茶飯事であって、私達も知らず知らずに行っていることである。ところがこの親子の擦れ違いが積もり積もってとんでもない大惨事を引 を起こすことになるのだ。

・ 記憶の方も多いと思うが、埼玉県で起こった悲劇的な事件である。

大学を中退してアルバイト生活をしている二十三才の息子が、その日も母親にコードレス電話を投げつけ、冷蔵庫を引っ繰り返して暴れ出した。母親は父親の勤務先である高校に電話をした。急いで帰宅した父親は台所の出刃包 丁で息子を刺し、母親はモデルガンで息子を殴打して 死に至らしめた。

父親は明るく温厚な評判のいい先生であり、母親も家庭を大事にする人であった。息子もスポーツは出来るし、頭も切れ楽器の腕も抜群で友人受けも良 かった。その家族に何があったのか。

父親も母親も共に息子を大学に進ませるのが最良の道であり、また唯一の道であると信じていたようだ。 しかし息子はプロのミュージシャンになりたいと願っていた。マスコミの記事では ミュージシャンが軽音楽なのかクラシックなのか定かではないが、おそらく彼の場合は ロック・ミュージックかニューミュージックの 分野であったのだろう。

このような親子の対立なら私たちの周りに、 それこそいっぱいある話だが、それがどうして 殺人事件にまで発展したのか。次回に述べるこ とにしよう。




もの言わず我慢すると胃腸が固くなる

「もの言わぬは腹ふくるるわざなり」とは兼好法師の言葉であ る。言いたいことを言わずに我慢していると、本当におなかがふくれてくる感じがする。これは実際、胃や腸が固くなって腹の皮を引っ張るからであって、決して妊婦さんのようにおなかが出 てくる現象をいうのではないが、兼好法師の実感から出た言葉であろう。

人間は大脳が発達しているため、その働きによって感情をコントロールすることができるが、感情を押さえ込むと確実に腹が固くなる。だから逆に、おなかのどの部位が、どのようにしこっているかを調べることで、 どのような感情を押さえ込んでいるかを判断することがで きる。

ボディートーク会員のJさ んは、大阪へ単身赴任している中堅のサラリーマンであるが、ボディートークの定例会の最中におなかが痛いと言いだした。一週間ほど前から右腹にキュッと痛みが走ることがあり、病院で診察してもらったが、特に異常はない、とのことだ。

そこで仰向けに寝てもらっておなかに触れてみると、十二指腸の周りが固くなっている。十二指腸は胃の幽門に続く小腸の始まりの部分だが、そこが痛むのだ。十二指腸にはどのような心の問題が出るのかというと、実はホームシックなのである。私はこのことを教師時代の経験から得ていた。

Jさんにホームシックのしこりだと告げると、「なるほど、そうでしたか」と周りの人達と一緒 になって笑った。早速、本人に「アー」と発声してもらいながら、しこりの部分を揺すった。すると、みるみるうちに固さはとれていって、痛みも無くなった。心の問題が何であるかに気付きながら、 そのしこりをほぐすのがボディートークのコツである。

このように、おなかに表れる感情のしこり を知っておくと、心の問題を解きほぐすのにとても有利になる。
昨年の夏に、子供ミュージカルの合宿を行った。小学一年生から大人まで、およそ百名ほどの団体である。二日目の朝、小学三年のE子ちゃんが練習に入らずに片端でしくしく泣いている。付添いの先生が「ホームシックなのね」と言いながら慰めている。いつまでも泣き止まないので、 休憩時間に私はE子ちゃんの体を調べてみた。

おなかを触ってみると十二指腸の周辺は固くない。ということはホームシックが原因ではないの だ。固くなっているのはおヘソのすぐ下あたりである。ちなみに背中を調べてみると背骨の胸椎九番の横にしこりがある。これらのことから、E子ちゃんは悔しさの感情を押さえ込んでいると判断 した。

しこりをほぐしながら「誰とケンカをしたの?」とE子ちゃんに聞いてみると、重い口をやっと開いてくれた。同室の女の子と些細なことでケンカになり、言い負かされてしまったのだ。体がほぐれ、感情のしこりがとれるとE子ちゃんはケロッとして線習に参加した。

ところで、ホームシックのしこりは家に居ても生じることがある。それは現在の家族関係を拒否する感情である。そして、かつての居心地のいい家庭環境に戻りたい、と切に願っている心の葛藤の表れである。このストレスが嵩じると十二指腸に潰瘍ができるのではないか? 私は医者でなく患者を診ているわけではないが、もし十二指腸潰瘍と感情との因果関係を研究している人があれば、ここのところを是非教えてほしい。

ボディートークで更に言えば、胃の上部を固くしている人 はイライラである。下部にしこりを持つ人はクヨクヨである。 共に我慢のしこりではあるが、イライラとクヨクヨはどのように違うか。

物事が進む可能性があるにもかかわらず、目の前に何らかの障害があって足踏みしている時の焦りの気持ち がイライラである。反対に、物事が進展する可能性がほとんど無くて、諦めざるを得ないと頭ではわかっているものの、 感情としては未だに未練があるという時にクヨクヨの気持ちが起こるのである。

ともあれ感情の動きは如実におなかに表れる。そして胃や腸を固くし、歪ませていても、意外と自覚症状がないものだ。イライラしているな、クヨクヨしているなと感じたら、その場でプルッとふるわせて、おなかをスッキリさせることをお 勧めする。




それぞれの息がその人の生き方

生きている人間は例外なく息をしている。しかも息の仕方は人によって異なる。顔や姿が十人十色であるよう に、息の在り方も実に個性的なのである。そこで私は、 人それぞれの息がその人の生き方であると考えている。

心の暖かい人は息も暖かい。暖かいということは実際 に温度が高いのである。なぜ高くなるかというと、暖かい心の人は、他人を受け入れる息なので気管がリラックスしている。その気管を息はゆったりと通って体温を充分に保ちながら出てくる、だから暖かいのである。

反対に心の冷たい人は息も冷たい。冷たい心の人は他人を拒否する息なので気管が緊張している。その気管を息は早くスッと通り過ぎるので体温をあまり拾うことができない。 だから温度が低いのである。

このことを見抜けなかったばかりに一人の少年の運命が大きく悲劇へと変わってしまった実例を述べよう。
ずいぶん前の朝日新聞に掲載された記事で「子供に体罰は必要ない」と題された手記である。手記の主をOさんとしよう。現在は六十歳代の理容業を営む男性である。 話はOさんの少年時代にまで遡る。

O少年は両親に先立たれ、身寄りもなく近所の人に面倒を見てもらっている、寂 しい子供であった。小学校に入って間もなくの頃、体育の授業が終わって先生に 「マットを片付けてくれ」と頼まれた。先生に初めて声を掛けてもらってO少年はすごく嬉しかった。ところが思わず口に出た返答は「チェッ」という舌打ちであっ た。「チェッとは何事か!」とその場で往復ビンタを張られ、O少年は吹っ飛んだ。

心はうれしくて仕方がなかったのに、どうして「チェッ」と言ってしまったのか、 未だに解せない、Oさんは書いている。私の解釈はこうだ。O少年は愛情に恵まれず、他人を警戒しながら育った。また喜びを素直に表現できる環境でもなかったようだ。

だから思いがけず、先生に声を掛けてもらった喜びが大きければ大きいほど、 その気持ちを押し隠そうとする自己規制が働き、その言葉が「チェッ」だったのだ。
ビンタだけでは収まらず、放課後、職員室の前でバケツを持って立たされた。 夕暮れになってやっと帰宅を許された。少年の心はズタズタだった。悔しさのあま り夕食の茶碗を壁に投げつけ、そのまま泣き寝入りしたのだそうだ。

翌朝からは学校へ行く気はせず、そうかといって世話をしてくれている近所の人 の手前もあって、ノロノロと学校の裏山に登った。そして校庭をぼんやりと眺めて 一日を過ごし、下校時になると人目を気にしながらコッソリ帰宅した。そんな日が半年ほども続き、やがて転げ落ちるように悪への道を走っていったとOさんは綴っ ている。

教育の難しさを考えさせられる事例であるが、この先生が少なくとも子供を表面 の言動で判断せず、奥にある本音を捉えようとする人であったなら、このような悲劇は起こらなかっただろう。そのような先生であっ たなら「チェッ」と発せられた声が、喜びの息であ ることを見抜けた筈であるし、例え見抜けなくとも、 子供の目が、仕草が指示を受け入れていることを容易に直感できたことであろう。

鈍感な言動が繊細な心を傷つけるように、冷たい 心は暖かい心を傷つける。そして冷たい心はその固さ故に、柔らかい幼い心の微妙な振る舞いをキャッチすることができない。 幼い子供への体罰がこれほどまで悲惨な人生へと追い込んでしまう実体験から、 Oさんの結論は「従って、子供に体罰は必要ない」ということになる。Oさんの青年期はともかく、現在はお店を持って立派に暮らしておられるのが、せめてもの救いである。




慌てると「息がアガル」

人間、慌てるとロクなことはない。火事や地震で飛び出たものの、肝心な物は持ち出せなくて、どうでもいいような物ばかり手にしていた、という話はよく耳にする。慌てるとどうして冷静な判断が出来なくなるのか。実は息が問題なのである。

私たちは突然、予期せぬ出来事に出くわすと、みぞおち(鳩尾)がキュッと縮んで一瞬息が止まる。一旦固くなった鳩尾は、 すぐには緩んでくれないから胸だけで呼吸することになる。 しかも驚きの感情は交感神経を刺激するから息も早くなる。この呼吸が慌てた行動を起こさせるのである。

慌てた息は考えるより先に体を動かせてしまうのだ。別の表現をすれば「息がアガル」という状態だ。

「水がめと子供」の話をご存知の人も多いと思うが、中国の昔話である。ある時、子供たちが身の丈よりずっと 「大きい水がめの上に登って遊んでいた。すると一人の子供が誤って中に落ちてしまった。 かめの中は水がいっぱいである。

溺れてしまった子供を、まわりの子供たちは、どうしよう、どうしようと大騒ぎしているだけで、誰も助けることができない。その時、一人の子供が大きな石をぶつけてかめを割り、水を抜いて救い出した、という話である。

これは咄嗟の時の気転を教えているのであるが、実はこの少年の息は下りているのだ。まわりの子供たちは息が上がっているので、救う方法が考えられない。つまり冷静に判断するに は、息を下ろすことが不可欠の条件なのである。

映画「007」のジェームス・ボンドは身の危険が目前に迫っていても、美女とキス などしている。現実にはこんなシーンはあり得ないだろうが、この悠然とした態度が カッコいいし、魅力がある。私の娘は映画にのめり込む方だから、「こんな時にキスな んかするな!」とやきもきしている。

この娘がまだ三才の時であった。音楽会に連れて行ったのだが、途中で声を上げ
ては困るので、私は会場の一番後ろのドアに立って聴いていた。娘は壁にもたれて右へ 行ったり左へ行ったりして遊んでいたが、急に泣きだした。

見ると半開きになったドアの、回転軸が固定されている側と壁の間に手をはさまれている。遊んでいるうちにツルッと手が入ってしまったらしい。防音用のアルミサッシの大きな扉である。ドアを閉じれば娘の指はちぎれてしまう。
まわりにいた人が気付いて、突嗟にドアを動かないように持ってくれた。私は娘の手を引っ張ったがなかなか抜けない。手のひらにアルミサッシの緑が食い込んでいて、泣き叫ぶばかりだ。騒ぎを聞きつけて管理人がやって来た。

どうしても抜けないので、救急隊を呼んでドアをはずしてもらおう、と彼は提案した。この時、私は大きくひとつ、息を吐いたのを覚えている。そのとたんに冷静になった。

手は入ったのだから抜けないはずはない。柔らかく、リラックスした手だったから入ったのだ。それが今、びっくりして固くなっている。だから抜けないのだと判断した。

私はしゃがんで娘の背中を包み込むようにしてさすってやった。そして手首をそっと持って、「力を抜 いて手を柔らかくしてごらん」と耳元で囁いた。する と、手はそろりそろりと抜け始めた。抜いてみると手 のひらには紫色の太い線がくっきりと残っていたが、 大事には至らなかった。

緊急時には、まず、息を落とすことが大切である。 「落ち着いて行動しましょう」と日頃どんなに口を酸っぱく言ってみても、イザという時、息が下りなけ れば落ち着くことは出来ないのである。

息を下ろすと更にいいことがある。冷静な判断ができる、ということはもちろん、実は、体の反応も違うのである。例えばヤケドをしたような時も、その瞬間に、まずひとつ息を落とすことを心掛ける。それから落ち着いて 水で冷やす。そうすれば治りはずっと早くなる。




血が上ると石頭、引くと豆腐頭

新幹線でうっかりと忘れ物をした。座席の前の荷物棚の上にノー トを入れ忘れて下車してしまったのだ。ホテルに着いてカバンを開いて気が付いた。仕事に関わる大事なノートである。一瞬にし て頭から血の気が引くのを感じた。

血の気が引くというのは、まるで頭のテッペンから水が流れ落ちるかのような感じをいう。ただし、水といってもほんの僅かな量である。私の頭は周囲に髪の毛を残して円く禿げているから、 西洋のお坊さんか河童のお皿をイメージしてもらえばいいが、そのお皿から一瞬にして水がこぼれて干上がったという感じである。

これは本当に頭の血が少な くなったからで、このような 頭を触るとプヨプヨした柔らかさがある。反対に頭に血が上ると、血管には血がいっぱ い詰まっているので、触るとカチカチである。まるで石のように固いので、このような頭を昔から石頭と呼んでいる。

気力を失っている人は、頭の方へ血があまり行かないから、 やはりブヨブヨとしている。これを私はトウフ頭と名付けてい るが、人の頭がトウフ頭か石頭かは触ればわかる。一番いいのは血流が程良くてスッキリした頭である。この場合は触ると柔らかくて弾力があるから、コンニャク頭と呼んでいる。

話を戻そう。忘れ物に気が付いて頭から血の気が引いて、次に私は胃がキュッと縮むのを感じた 肩の上部を片手で握ったという感じである。これは、イライラはしているものの、目を突き上げるような焦りまでには至っていないことを表している。困ってはいるが、たとえノートが出てこなく ても何とかなるだろう、と体は判断しているのだ。

一般的に胃の上部が固くなる時は苛立ちである。反対に胃の下部が固くなればクヨクヨである。 既に望みがないにもかかわらず、あきらめがつかないとクヨクヨのしこりが顕れる。だから人のおなかに手を当てて、肩を揺すってみれば心の状態がわかるのである。

さて、駅に連銘をとって、忘れ物を見つけなければならないのだが、その前に為すべき事がある。 「胴ぷるい」と「首まわし」のボディートークである。何故か。
大事なものを置き忘れたというショックを心も体も受けている。まず、そのユガミやシコリを取り除き、心身のシコりをほぐし、忘れ物をしたという事実を、心にも体にもしっかりと納得させなければならない。

私は、おなかをブルブルッと揺すって胃をリラックスさせ、「アー」と声を出しながら首をグルグルまわして、頭に血を戻した。その間、五秒ほどである。
こうして気が収まると、この忘れ物はきっと神様が必要があってさせたことなのだと思えてきた。 何かいい事があるのかもしれない。例えそうでなくても、起こってしまったことをさっさと認めて、 その解決の方に心を向けると行動は楽になる。

そういう訳で、散歩気分にして駅へ戻り、係の人に終着駅へ問い合わせてもらった。しかし届け出はない、とのこと。ノートには電話番号が記してあるので、後は拾ってくれた人が連絡してく れるのを祈るしかない。

その夜遅く妻からホテルに連絡が入った。ノートを拾ってくれた人から電話があったのだ。早速、 親切な人にお礼の電話をした。M氏という、ある著名な会社の部長さんであった。

電話でしばらくお話をしたが、M氏は私の席より三つ後に座っていた。そして私が時々背中を左.右に振る運動をするのを見て、おもしろい動きをする人だと 興味を覚えたということである。

この運動は「背骨の波送り」といって、背中を海の中のワカメのようにユラユラ揺する方法である。これを行うと背骨がよくほぐれるのである。ご存知のように背骨の一つ一つか ら、胃や腸や心臓などを働かせる自律神経が出ているから、 背骨の可動性をよくすると、自律神経の働きが活発になって 疲労が回復するのである。

人の縁とは不思識である。私の背骨の揺れがもしM氏の目 に入らなければ、ノートは別の運命を辿っただろう。ノートが戻ってくる喜びもさることながら、 私はM氏との出会いをとても楽しみにしている。