ボディートークコラム

心の動きと息との微妙な関係

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心の働きはすぐさま息となって表れる。相手に対して悪感情を抱いていると、気道は微妙に収縮して息を詰まらせる。詰まった息でしゃべれば、どんなに丁寧な言葉遣いをしても、声は重く曇ってしまう。

時間オーバーの訪問客がようやく重い腰を上げてくれると、そのとたんに自分の息がほぐれ、気分が軽くなって思わず声が大きくなった、という経験を誰しもお持ちだろう。相手をする側は自分の声の重さを感じているのに、来訪する側は意外とそのことに無神経なことが多い。
商談の席でも本音は、声の調子や息遣いに表れるから、相手の言葉に振り回されないで、言葉の奥にある息そのものに焦点を当てることが肝心である。

かつて我が家が引っ越しをした時の話である。二社の引っ越 しセンターに依頼をして、とりあえず見積もりをしてもらった。 まずやって来たのは大手の引っ越しセンターである。若い営業マンが各部屋の家具や荷物を見て、トラックの大きさや荷作りの手順を手慣れた様子で 説明してくれた。そして最後に値段の交渉に入った。

すると今までの流暢なおしゃべりはどこへやら、急に横を向いて咳込み始めた。こちらに言いかけては、咳が出てしまうので話が進まない。
この場合の咳は心の働きに起因する。営業マンとしてはなるべく高い額を言いたい。しかし契約が成立しないことには仕事にならないから、自分の裁量に任されている範囲で値引きをしなければならない。

言いたいことが言えないと、背中の両肩甲骨の間(正確に言うと背骨の胸椎4番左側)がキュッと締まってシコリが出来る。シコリとは筋肉が固くなることだから、その中を通っている神経も圧迫される。胸椎4番から出ている神経は気管に関係しているから、その働きが鈍くなり収縮させてしまう。その収縮をとろうと咳をして緩まそうとするのである。

あまりに咳込むので、私は助け舟を出した。「あなたが本当に欲しい額はいくらなの? 上限 は? そしていくらまで値引きできるの? これ以下じゃダメっていう値段は?」すると若い営業マンは意を決したらしく、上限は十八万、下限は十五万、とスラスラ答えた は上の値段が言えれば止まるのである。

次にやって来たのは見るからに力持ちで機敏に動きそうなオヤジさんだった。引っ越しの段取りの説明も合理的であったし、値段の交渉も一瞬にして終わった。
「うちはこの規模なら十五万。ただしお宅の希望の日は既に午前は仕事が入っている。もし、その後からでもよければ十二万で結構」オヤジさんの息は単純明快、一点の曇りも迷いもない。その道一筋という心意気が気に入ってその場で契約をした。

気が合うとか合わないとかは、実は息の仕方の相性である。どうせ仕事を頼むなら、この人と思う人の方が良いに決まっている。契約後にそんな話をしていると、オヤジさんが引っ越しの話をしてくれた。

お客さんによってはどうも気に入らない人がいる。そういう時は仕事の段取りも妙にチグハグになって疲れがドッと出る。そうかといってお客さんに仏頂面をする訳にはいかないから、外面はニコニコしているもの内心はイライラが高じている。イライラ解消はイジワルをするに限る、というのである。

例えば冷蔵庫に卵のパックだけを残して運ぶ。そうする 卵が割れて後の掃除が大変だ。また引っ越し先に着くなり、冷蔵庫の電源プラグを然り気なく差し込む。そうすると冷蔵庫の冷却がうまくいかなくなる。コンプレッサー内の液体
が安定しないうちに圧力がかかるからだそうだ。

オヤジさんは気付かれないようにイジワルをして秘かに溜飲を下げているのだ。この溜飲を下るというのも、気に入らない人に対して詰まったのを、その人が困っている様子をイメージすることによってほぐしている、と言えるだろう。
いよいよ引っ越しの当日、冷蔵庫を運び出す段になって、私はソッと冷蔵庫の扉を開いてみた。幸い 卵のパックはなくて、きれいに空っぽであった。

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